2007年7/27号、ビッグコミックスペリオール「お受験の星」第6話のテーマは「なぜ塾のプリントって大量なの?」

遅れて中学受験に参戦した勇太が春休みに突入。「迷える子羊塾」の塾長は、算数、国語、理科、社会の4科のうち、「もっとも付け焼刃で対応できない算数を克服します!」と宣言し、春休みのターゲットを算数の文章題に絞ります。

塾で大量に出されるプリントがある一方で、かなり絞った内容を勇太に課す「迷える子羊塾」。どうしてそういう対極の事象が起きるのか? なぜなんだ!?・・・・・という感じで話は進んでいきます。

話の展開はコミックを見ていただくとして、ストロングはどちらかと大量のプリントを配るタイプで、タイガー山中は1枚!しか配らないタイプです。ストロングが授業終了後、夜な夜なプリント作りに精を出していると、タイガー山中は涼しい顔で「どうもーーーー!お疲れ!ハイ、ご飯食べに行くよーーー!」とやってきます。

「あなたねえ、どうもーー!!って、まだプリント作りが終わってないのよ。」とストロングが言いますと、たいてい「それ作ったら成績上げられるの?」とタイガー山中は聞いてきたものです。

今考えると、理系のタイガー山中は原理や理屈をとても大事にしていたように思います。カンタンにいえば、「原理さえわかっていさえすれば応用が利く」という感じでしょうか。一方の文系ストロングは、原理も大切だが、それを使えるようになるためにするための訓練としてプリントを作っていたのかもしれません。

文系、理系の違いがあるにせよ、ここの考え方は生きてきた人生や考え方によって微妙に違いが出るところなのかもしれませんね。

タイガー山中が考える、「原理さえわかっていさえすれば応用が利く」という考えは非常に良くわかるのですが、原理を理解することで終わってしまうことを非常に不安に思ったことも確かでした。でも、それは原理や理屈を本当に理解していないからだといわれれば、まさにその通りでもあると思うのです。

中学受験の塾での授業は、「この原理や理屈について教える授業」が一般的です。すなわち例題を通じて単元の原理や理屈を教わるわけですね。そして、家に帰って、習ってきた原理や理屈を使って練習問題を解いてみる。授業がわかっていれば、一定レベルの問題は解けるはず・・・・

でも、これが解けないんですよね。授業は本当に良く聞いてきたし、ノートも取った。でも、それがうまく使えないんですよ、これが。

この場合、理屈だけを知っても問題は解けないと結論付ける人もいれば、原理や理屈の理解が十分ではないから問題が解けないんだと考える人もいるでしょう。人それぞれですね。ストロングとタイガーみたいに文系理系で分かれる場合もあるでしょうが、お父さんとお母さんでこれについての見解が分かれる場合もあることでしょう。

ただ道は一本道ではないというのが今のストロングの見解です。

1、原理と理屈がわかる→問題が解ける
2、問題が解ける→原理と理屈がわかる

いずれの道であってもいいと。基本は1番です。でも、単元や問題によっては、どうしても理屈や原理がうまく身体になじまないなら、2番からの道もある。時間に限りのある中学受験ですから、臨機応変にやっていけばいい、そう考えています。

ストロングの場合、問題は解けるんだけれど、理屈や原理が社会人になって理解できたものだってあります。それは世間的には、頭が悪いということなんでしょうが、あの頃身体になじまなかった原理や理屈が10年も経てわかったときの快感というのは、何物にも変えがたいものになっています。この快感があれば、テストがなくても、受験がなくても、「知りたい」と思えるんじゃないか・・・・自分のことなので、そう好意的に解釈しています。

年を取るほど、いろんなことがわかってきて、一方でわかることによって疑問が増える。この矛盾した営みをストロングはこれからも続けていくんだと思います。

理屈や原理がわかっている感覚の人間に出会うと、非常に劣等感を感じるわけですが、オレはオレ!子供たちにどう思ってもらえたら、我が子にそう思ってもらえたら、ストロングの伝えることの大半は終わるのではないかとも思えます。

ストロング宮迫

中学受験・高校受験の親技

2007年7/13号、ビッグコミックスペリオール「お受験の星」 第5話のテーマは「親のスタンスはどう考えるべきか?」

内容の詳細は「ビッグコミックスペリオール」をご覧いただくとして、「お受験の星」第5問「親のスタンスはどう考えるべきか?」を読んでの雑感を書きます。Byストロング宮迫

中学受験に限らず、入試は子供が一人で受けに行く戦いなわけですが、中学受験において、一人で戦いに行くまでの過程で周りの協力は必要不可欠です。勉強はもとより、塾への送り迎えや弁当が必要な塾だってあります。また、公立の小学校で教えてもらうよりもはるかにレベルの高い、かつ大量の勉強をこなしていく必要があります。

目の前にはるかに高いハードルを示されて、よーーし!やってやろう!と思う子どもは少ないものです。いや、みんな、どの子供も一度は思うんです、「やってやろうって!でも、その思いが続かないんですよね。だから、周りは時にはお尻をたたき、激励し、褒め、叱りをするわけです。

また、中学受験の対応塾では、能力別クラス編成を行い、テスト結果によって、クラスを上げたり下げたりします。中には、クラスの中で成績順で座席が決まる塾もあります。これはとてつもない高いハードルを乗り越えていく上で、子供たちに1つの動機を与え、やる気を起こさせるために使っている手法です。

クラスが上げればうれしいし、下がれば悔しい。その人間の持つ原子的な、誰もが持つ感情を揺り動かすための1つの手段が能力別のクラス編成と言っていいでしょう。

ただし、1つの手段や手法がすべての子供にうまく作用するかどうかというのは、また別の問題です。塾は、特に大手塾は、毎年子供たちを受験に送り出すわけですが、何年もそれを行っていくと、中学受験に合格するために必要なものというのがなにかがわかってきて、それを最大公約数としてまとめたのが大手塾のカリキュラムであり、テキストであり、テストのシステムという手法なんですね。この手法がうまく作用する子供も当然いますし、一方でうまく作用しない子供も中にはいます。

そのとき、「ウチの子がダメなんだ」と思う親の方が結構いらっしゃる。でも、本当にそうだろうか?ということなんです。

塾は、特に集団指導の塾は、合格するための最大公約数を子供たちに投げかけます、1つの手法として。それに合わなかったからといって、子供がダメとはならない。塾の手法が合わなかった。これが大事な1つの考え方ですね。

「お受験の星」では、遅れてスタートした勇太が大手進学塾を退塾するわけですが、小4または小5から一定のカリキュラムで進めている大手進学塾に特に準備ナシで臨むとすれば、相当の覚悟がいるし、付いていけなくて当然です。だって、正規に小4や小5からきっちりスタートしても、キツイわけですから。それは子供がダメなのではなく、スタートが悪かったと言えるわけです。

話が随分それました。今回は親のスタンスの話でした。最大公約数の手法が我が子にうまく作用しないからといって、ダメではないという認識をしっかり持っていただきたいと思います。もちろん、では、最大公約数の手法が作用しないなら、他にどんな手法が我が子に合っているのかを探さなければなりません。お受験の星の勇太はわらをもすがる気持ちでオンボロ塾の「迷える子羊塾」に舵を取ろうとしています。そして、基礎学力の確認から入りました。最大公約数の手法は、たいていは子供にとって不必要な内容も入ってきますから、子供の現状を見て、余分なものは切り捨てて、絶対不可欠なものから手をつけるのは、遅れてスタートしたものにとって、絶対必要なことでしょう。大事なのは、遅れてスタートした子供や勇太のように大手進学塾で偏差値37という数字を叩き出した子供には、最大公約数のうち、「その子供」にとって必要なものを抜き出してやらせることは必要不可欠な作戦です。それを個別指導に求める方もいれば、集団指導塾の先生に求める方もいる。問題なのは、それを求めているのか?ということ。

ただ成績を上げてください!と頼むではなく、頼むからには家庭での責任もあわせて先生に約束し、家庭での課題をきっちりとやる。それで先生に頼むから塾の先生だって本気になるわけです。本気でやらないと中学受験は難しい。遅れてスタートするものはなお難しい。それ相応の覚悟がいるというのは、そういう意味です。流行に乗って中学受験をするのは問題ではありません。問題なのは、スタートしたあとなのですから。

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